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2011年11月 2日 (水)

『知はいかにして「再発見」されたか』

西洋史における知(knowledge)が歴史的な背景でいかにして形成されてきたか分かります。

古代において知は力の源泉であり、それを集積した場所が図書館でした。そこでは異言語への翻訳という作業が組織的に行われました。

中世前期には、修道院において初期の研究者が形成された。また、初期の大学が人的ネットワークとして登場してきます。そこではキリスト教と学問との対立関係も描かれます。

印刷技術の確立前の手紙による知的なネットワーク、印刷技術が確立された後の本の出版による知の流布の影響によるパラダイム・シフトが西洋の知のネットワークをより広げました。

さらに、学問の専門分野化や理系学問の実験室など近代の知のあり方についても言及しています。

全体として、西洋史に基づいた知を興味深く読み進めることができました。そこで、感じたことは西洋の知は、東洋、少なくとも日本の知とは異なるものであるということです。

明治維新以降、そのギャップが未だ解消されていないようです。西洋の知は、知識やスキルだけではなく「制度」としての知であり、日本には存在しない概念のような気がしました。

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